これまでの農業は、作業が重労働である・災害の被害リスクがある・休日がないといった厳しいイメージでした。しかし、近年ではIoT・ICT・AI・ロボットを活用した「スマート農業」が注目されています。そこで、スマート農業はどのような農業なのか、その活用事例やスマート農業を体験できるサービスをご紹介します。
スマート農業とは?
スマート農業とは、IoT(Internet of Things)、ICT(Information and Communication Technology)、ロボットやAI(人工知能:Artificial Intelligence)を活用した農業です。
これまでの農業に比べて、省力化・省人化や生産性の向上、それに伴う所得収入の増加などが期待され、国や自治体はスマート農業を推奨しています。スマート農業の国内市場規模は、2021年度は290億円と推計され、2027年度に606億円まで拡大すると予測されています。
では、なぜスマート農業が注目されているのでしょうか。これは、「国内外の社会情勢」「災害の激じん化」「就農人口の減少」を背景に食糧事情の不安定化が想定され、農林水産業の生産性向上と生産者が持続的な事業経営を両立させる動きが活発になっているからです。
農林水産省によれば、2020年の日本の生産額ベースの食糧自給率は67%です。海外では、カナダ 123%、オーストラリア 128%、アメリカ 93%、フランス 83%、イギリス 62%と試算されています。同省は、2030年までに国内の食糧自給率を75%まで引き上げる目標を掲げており、それをスマート農業や省力栽培技術の導入によって達成しようとしています。
*参考:農林水産省(日本の食料自給率)、農林水産省(世界の食料自給率)
スマート農業のメリット・デメリット
「スマート農業では具体的に何ができるようになるのか」「スマート農業に課題はあるのか」を中心に、スマート農業のメリット・デメリットをご紹介します。
スマート農業のメリット
スマート農業のメリットは、以下の通りです。
- 農作業の省力化・自動化
- 人件費削減
- 生産性の向上
工業を中心に、医療・介護などでも利用される産業ロボットを導入することで、農業分野では、農作業の省力化・省人化が可能になります。例えば、GPSを利用した無人トラクター、ドローンなどのロボットが畑作業や重い荷物の積み下ろしといった作業を行います。ロボットが使用できない環境の作業では、人間がアシストスーツなどを使い、身体的な負担を軽減します。
農業機械大手の株式会社クボタは、AIや自動化技術などが備わった「完全無人の自動トラクター」を開発しました。天候や農作物の生育状況といった情報をもとに、必要な農作業をAIが判断するだけでなく、作業地で得られた環境データを他の農作業機械と連携させることが可能です。
また、同社では腕を上げたままの作業を楽にするアシストスーツ「ラクベスト」を開発しました。さらに、株式会社イノフィスは、中腰作業や重い荷物による腰への負担を軽減する、空気の力を利用したアシストスーツ「マッスルスーツエブリイ」を開発しました。
一方で、NTT東日本が提供する「eセンシング For アグリ」では、圃場(ほじょう:農作物を栽培する場所)の温度・湿度・照度などの環境データを離れた場所から管理するシステムです。ハウス栽培においては、これまで日本では環境制御技術によって温度・湿度・照度をコントロールし、農作物の生産性や品質の向上に努めてきました。過去のデータをもとに環境を変化させることで、人の勘に頼らずに効率よく栽培できる仕組みを作ってきたのです。
最近では、ICT技術を利用し、圃場で自動収集される環境情報をもとに、あらかじめ設定した温度・湿度に到達した場合に、作物に被害を与える霜などの警報をシステムがメールで生産者に通知します。
他にも、過去のデータをもとにして「温度上昇がいつもより大きいから換気を行う」「夜間の湿度が高いから天窓を開けておく」といった先回りの対策を打てるようになりました。環境制御技術は、すでに多くのハウス栽培で実施され、最近ではIoT・ICTによって、毎日圃場に行かなくても事務所や自宅からリアルタイムで管理できるようになっています。
*参考:クボタ(クボタ130周年夢のトラクタを公開)、クボタ(ラクベスト)、イノフィス(マッスルスーツエブリイ)、NTT東日本(eセンシング For アグリ)、NTTデータ
スマート農業のデメリット
いいこと尽くしのように見えるスマート農業ですが、初期投資・維持管理の費用がかかることは大きなデメリットになります。
環境制御を行うハウス栽培・屋内栽培では、屋内外の栽培施設の建設費・設備費が必要です。また、それらの施設運用の電気代、燃料代といった維持費用も発生するでしょう。
それらの費用だけでなく、スマート農業ではインターネットやGPSといった情報インフラの不具合、ロボットの故障や環境管理システムの停止などによって、生産活動を維持できなくなる可能性があります。とはいえ、「労働力の不足」や「自然災害の激じん化」は、将来的に避けられないことも事実です。それでも、高額の費用はすぐには用意できないでしょう。
そこで、新しく農業を始める事業者や既存の農家のために、農林水産省では「スマート農業総合推進対策事業」による補助金制度を実施しています。支給額は国や自治体によって異なりますが、例えば、国の「ロボット技術安全確保検討事業」は、5,000万円を上限として補助金を支給しています。
*参考:農林水産省
スマート農業の3つの事例を紹介
農林水産省の農業新技術活用事例(令和2年度調査)から、3つの事例をご紹介します。
1. ドローン散布器の導入による水稲管理作業の省力化
- 課題
これまでは良⾷味⽶(うるち)⽣産におけるミネラル分の散布を人の手(動力噴霧器)で行っており、作業の省⼒化や時間短縮が課題でした。 - 解決
ドローン型の散布機を導⼊して、水稲栽培中におけるミネラルの散布に活⽤。作業時間を3分の1に短縮。病害⾍や雑草の防除作業にもドローンを利⽤することで、作業の省⼒化、時間短縮を実現しました。
2. ICT活⽤と監視カメラによる農作業の効率化・省⼒化の実現
- 課題
圃場の機械作業者は1人しかおらず、収穫作業等のピークが重なってしまうことが課題でした。すでに自動操舵システムを3台のトラクターに搭載していたものの、さらなる効率化と播種(種を撒くこと)が上手くいかないことがありました。 - 解決
播種を行うトラクターにカメラを設置し、作業を中断することなく、作業者1人でも安定した作業の維持が可能になりました。カメラで監視することにより、播種作業における精度を向上。その結果、全国トップクラスの収穫量を実現しました。
3. 環境制御装置の導⼊によるトマト多収栽培と管理の効率化の実現
- 課題
ハウス栽培トマトの品質向上のために、ハウスモニタリングなど環境制御技術を導入しましたが、環境設定を変更するために各圃場をまわる必要があり、⼿間がかかっていました。 - 解決
PCやスマートフォンによって遠隔でハウス内の設定値変更が可能になり、環境管理の効率化を図りました。ハウス内環境の変化を把握できるようになり、管理の反省・改善が容易に。 より正確な⽣育のコントロールが可能になりました。環境制御装置を導⼊し、収穫量が増加・安定するようになりました。遠隔で管理できるため、安⼼して外出できるようになり、労働環境の改善に貢献しています。
*参考:農林水産省
誰でも体験できるスマート農業体験サービス
「ONE FARM」
グリーンラボ株式会社が提供する、1スペースだけをレンタル可能な「ONE FARM」は、ワーケーションスペースなどに併設した「Veggie」の中で、自分だけのスペースを使って水耕栽培を楽しめます。
スマート農業体験が可能な移動式小型栽培施設「Veggie」。このVeggieは、農業用鉄骨ハウスで、空調設備(温度、湿度の調整)、遮光カーテン(光の強さを調整)で植物を栽培できます。栽培できる農作物は、野菜では「いちご、ほうれん草」、ハーブでは「バジル、カモミール」、花では「ペチュニア、サクラソウ」など。これ以外にも、さまざまな農作物を栽培できます。
「Veggie」には、スマート農業体験らしく、肥料濃度を計測して自動で調整したり、スマートフォンから遠隔で環境を計測したり、平面よりも収穫量や作業効率の高い縦型の栽培が可能という特長があります。
「FUKAYA WORKS」
2021年2月に埼玉県 深谷市にオープンした「FUKAYA WORKS」は、大自然の中で農業が体験できるワーケーション施設です。リモートワークで使用できるワークスペースがあるほか、休日はインナーガーデンで家族・友人とランチやピクニックを楽しめます。
農業を実際に体験するには、ブラックメンバー会員(農業実践プラン)への登録が必要。月額会費 9,000円、会員登録料 2,000円で、Bi-Grow Towerを1本、畑は約1平米を利用でき、農業体験が可能です。またブラックメンバーはワークスペース・ワークショップを無料で利用可能です。
「FUKAYA WORKS」のワークスペースでリモートワークしながら、自分の好きな農作物をスマート農業で栽培。休日は育てた農作物を使った料理で家族と過ごす、そんなスローライフはいかがですか。
スマート農業はまだ発展途上
農林水産業の衰退は、何らかの事情で食料が輸入できない際に、日本国内で十分な食料を供給できない事態を招きかねません。
しかしながら、スマート農業は日本全国に浸透しているとはいえません。初期投資や維持管理の費用といった経済的な面で課題があるほか、そもそもスマート農業とは何かを理解している人材も少ないのが現状です。生産性の向上と持続的な農業の実現には、国や自治体の補助金制度の拡充や企業の資本投入によって、スマート農業市場を活性化させていく必要があるでしょう。
日本の食の未来にも深く関わってくる、スマート農業。まずは、ご紹介した農業体験サービスなどをきっかけに、その実態を体感してみてはいかがでしょうか。