アメリカのクラフトフードムーブメントの中で誕生した、素材や作り手のこだわりを大切にするチョコレートの新しいカテゴリー「Bean to Bar チョコレート」。その魅力をいち早く日本に紹介したのが、ダンデライオン・チョコレート・ジャパン創業者の堀淵 清治さんです。ブルーボトルコーヒーの日本進出に尽力したことでも知られる堀淵さんに、クラフトチョコレートの魅力と、これからの時代に求められる持続可能な「食」の在り方についてお話を伺いました。
原材料はカカオ豆ときび砂糖のみ。あえて古い製法で作るイノベーティブなチョコレート
ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ 蔵前(台東区)
古くから問屋街として栄えた東京・蔵前。この町の一角に「ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前」があります。同店は、サンフランシスコで2人の若者が創業した「ダンデライオン・チョコレート」の初の海外支店として、2016年にオープン。その立役者が、ダンデライオン・チョコレート・ジャパン創業者で現CEOの堀淵 清治さんです。
チョコレートファクトリーを備えた店内の様子。カフェスペースは2階に
―まずはダンデライオン・チョコレートとの出会いについて教えてください。
ダンデライオン・チョコレート・ジャパンCEO 堀淵 清治氏
堀淵:ダンデライオン・チョコレートの第1号店がサンフランシスコにオープンしたのは、2012年。当時、僕はサンフランシスコに住んでいて、「近くに面白い店ができたよ」と知人に教えてもらって軽い気持ちで見に行ったのが最初の出会いでした。
行ってみて驚いたのが、Bean to Bar、つまり豆(Bean)からバー(Bar)になるまで、チョコレート作りのすべての工程(カカオ豆の選別、焙煎、摩砕、テンパリング、成形、)を、カフェに併設されたファクトリーで行っていたこと。しかも、このITの時代に、あえて昔ながらの伝統的な製法をもとに、試行錯誤しながらオリジナルのチョコレートを作っているところが、すごくイノベーティブだと思いました。
店内にあるBean to Barの説明
さらに、カカオ豆の産地ごとに違うチョコレートを作る「シングルオリジン製法」で作っていること、そして原材料がカカオ豆ときび砂糖だけというシンプルさにも驚きました。もちろん、知識として「チョコレートの原料=カカオ豆」というのは知っていましたが、それまでカカオ豆を意識してチョコレートを食べたことがなかったので、「カカオ豆の産地や種類によって、チョコレートの味が変わる」ということがすごく新鮮で、感動してしまったんですよね。しかも、とても美味しい。私が子どもの頃に食べていた量産品のチョコレートとは全く違う、滋味深い味わいに魅了されてしまいました。このチョコレートは日本でも必ず受け入れられると直感、すぐに創業者にアプローチすることにしました。
カカオ豆の産地別に作られるチョコレートバー
創業者の想いをカスタマイズせず、翻訳する立場に徹する
―なぜ、日本でも受け入れられると思ったのですか?
堀淵:当時すでに、さまざまな分野でクラフトブームが起きているのを目の当たりにして、「これからは、大量生産・大量消費ではなく、上質な原材料で丁寧に作られたものが求められる時代が来る」と確信していたからです。それに、すでにブルーボトルコーヒーを紹介して成功した経験から、日本人とクラフトフードの親和性の高さも実感していました。ブルーボトルコーヒーがサードウェーブコーヒーという文化を日本に浸透させたように、ダンデライオン・チョコレートは日本に「Bean to Barチョコレート」という文化を伝える役割を果たせるに違いないと思ったのです。
ところが、創業者の2人はなかなか「うん」と言ってくれませんでした。「まだ1号店を出したばかりなのに、海外進出なんてする余裕はない」というわけです。それでも、どうしてもあきらめきれず、1年くらいしつこく口説き続けて、やっとOKをもらい、海外1号店となるファクトリー&カフェ蔵前を開いたのが2016年の2月でした。
ダンデライオン・チョコレートの創業者 トッド・マソニス(右)とキャメロン・リング
―日本でダンデライオン・チョコレートを展開するにあたって、配慮したことはありますか?
堀淵:Bean to Barチョコレートを数年で忘れ去られてしまう一過性のブームで終わらせるのではなく、文化として根付かせたいと思いました。そのために心がけたのは、創業者の想いやチョコレートにかける想い、そして彼らが編み出した製法、ファクトリーの雰囲気などを、日本風にカスタマイズしたりせず、できる限り忠実に正確に「翻訳」して日本に持ち込むこと。蔵前のファクトリーにも、サンフランシスコと同じ製法でBean to Barチョコレートができる設備を整え、文字通りカカオ豆の選定から出来上がったチョコレートをバー状にしてラッピングするまでの全ての工程を再現しています。
焙煎。カカオの香りを損なわないよう、長時間かけて低温でローストする
メランジング。3日間かけてカカオニブときび砂糖を合わせて挽き、滑らかにする
リキッド上のチョコレートを冷やしてバーに成型する
包装も一つひとつ手作業で行う
関わる人すべてがハッピーになる。それがクラフトフード
―クラフトビール、クラフトジン、クラフトバーガーなど、「クラフト」を冠した食品や飲料をよく見かけるようになりました。ダンデライオン・チョコレートもクラフトチョコレートと呼ばれますが、堀淵さんの考えるクラフトフードの定義を教えてください。
堀淵:「その商品に関わっている人がみんなハッピーで、納得していること」だと思っています。例えばチョコレートでいうと、原材料のカカオ豆を不当に安く買いたたいたりせず、生産者をリスペクトして正当な価格、適正なルートで仕入れると、生産者と私たち作り手の間に信頼関係が生まれます。生産者は正当な報酬と評価が得られてハッピーですし、作り手も上質な原材料が安定的に手に入り、質の良い商品を創り出せるので、ハッピーです。Bean to Barチョコレートは原材料も高く、手間暇もかかるので、当然、販売価格は一般的なチョコレートよりも高くなりますが、私たちのこだわりを理解して共感してくれる人は、納得して購入してくれます。そして、美味しいチョコレートを食べてハッピーになってくれるはずです。こうして、生産者、作り手、消費者の間にハッピーの連鎖みたいなものを生むのが、クラフトフードなんじゃないかと僕は思っています。
今のクラフトフードブームを見ていると、クラフトの精神には「生産者を尊重している」とか「丁寧に作られている」、「環境問題に配慮している」や「持続可能な社会を目指している」など、私たちが大切にしたいと思っている要素が詰まっていると思うんですよね。だからこそ、クラフトは一過性のブームではなく、これからも大きな時代のうねりとなって続いていくと確信しています。
―持続可能な社会の実現のために、ダンデライオン・チョコレートが実践していることはありますか?
堀淵:持続可能な社会の実現のために、僕たちチョコレートメーカーにできることは、「人にとっても地球にとっても無理のないチョコレート市場」を作ることだと思っています。そのためには、まず、カカオ農家に良いカカオ豆を作り続けてもらうことが大切です。
そこで、ダンデライオン・チョコレートでは必ず使用する豆の産地を訪れ、生産地の様子、生産者やその生活環境、現地の商流を把握した上で価格を交渉、互いに納得できる価格で直接購入することを徹底しています。また、カカオ豆の生産と野鳥保護、森林保護を両立しているドミニカ共和国の農園からカカオを購入し、間接的にではありますが、環境問題の解決に繋がるアクションも起こしています。
また、蔵前のファクトリーでは、フードロス削減にも取り組んでいます。たとえば産地から送られて来るカカオ豆は農作物ですので、形にどうしてもバラつきがあります。形状をある程度均一にしないとチョコレートに雑味が出てしまうので、以前はサイズが小さい豆、欠けている豆、傷んでいる豆はすべて「ロス豆」として取り除いてから焙煎していました。すると、産地によっては10~15%ものロス豆が出てしまうことも・・・。あまりにもったいないので、単に形状の問題(小さい、欠けているなど)でロス豆としていた豆を使ってチョコレートを作ってみたところ、特に雑味などもなく、美味しく仕上がることがわかりました。その後は、形状だけで品質に問題がない豆は使う方針に転換、フードロスを削減することができました。
カカオ豆の選別
さらに、焙煎後にカカオ豆からはがす外皮=ハスクについても、以前はすべて捨ててしまっていたのですが、これも「もったいないよね」ということで活用法を検討し、煮出してお茶として楽しんだり染物の染料として活用したりすることによって、廃棄量削減を進めようとしています。
ただ、ビジネスベースで言うと、フードロス削減はとても難しいこと。だから、KURADASHIさんが、フードロス削減をビジネスとして確立できているのは、純粋にすごいことだと思います。
賞味期限の在り方を、今一度見直してみよう
―ありがとうございます。今後、フードロス削減に向けて、どんなことを考えていますか?
堀淵:引き続き、ロス豆の削減とハスクの利活用に取り組むとともに、賞味期限切れで廃棄処分する商品の削減についても、具体的な取り組みを始めたいと思っています。
そもそも、ダンデライオン・チョコレートは原材料がカカオ豆ときび砂糖のみで、水分も一切加えていないので、原則として腐ることはありません。ただ、時間が経つと、風味や食感が落ちたり、白く変色してしまったりすることもあるので「美味しく食べていただける期限」を賞味期限として販売しています。すると、どうしても期限内に販売しきれない商品が出てきてしまうんですよね。実にもったいない。今後は、KURADASHIさんにも知恵を借りながら、賞味期限が近付いた商品を効率良く消費者の皆さんに提供できる仕組みを考えて、実践していきたいですね。
同時に、賞味期限の在り方そのものについて、日本人は今一度考えてみた方が良いとも思っています。あくまでも美味しく食べられる期間の目安であるはずなのに、その日が過ぎると食べられなくなるような印象を与えてしまう。アメリカの場合はもっとアバウトで、「Best before〇〇」と一応の賞味期限は記載されているものの、「買った後は、本人の判断で食べるかどうか決めてね」という感覚です。
賞味期限は必要なものですが、食品ロスの原因の一端になっていることは確かだと思うので、メーカー側も消費者側も、賞味期限という目安に縛られすぎないようにするにはどうすれば良いのか、ぜひKURADASHIさんにも問題提起や情報発信をお願いしたいですね。
ファクトリー&カフェ蔵前の店内。商品はオンラインストアでも購入できる
変化の時代だからこそ、本質的な仕事が求められる
―ご意見、ありがとうございます。最後に、堀淵さんご自身の今後の目標を教えてください。
堀淵:今年で、ダンデライオン・チョコレートの日本進出から7年目を迎えました。2020年からの2年間はコロナ禍で、正直言ってすごく大変だったのですが、一部店舗を閉めてオンラインストアを拡充したことにより、無事に危機を乗り切ることができました。クラフトフードのビジネスは手間もかかるし、大変なことも多いのですが、コロナを乗り越えて振り返ってみると、私たちがこうやってビジネスを続けている姿を通じて、後に続く皆さんに「やろうとすればできるんだ」ということを示せたんじゃないかな、と自負しています。最近では小さなクラフトフードのメーカーが日本全国にどんどん生まれていますし、クラフトが文化として根を張りつつあるのを実感してできて、すごく嬉しいですね。
皆さんも感じていらっしゃると思いますが、コロナ禍を機に、世の中の流れが大きく変わりました。私はこれからさらに変化が加速し、2025年くらいに世界的に大きな仕切り直しの時期がやってくるのではないかと考えています。この大きな変化の渦の中で生き残ることができるのは、やはり本質的な仕事、世の中から求められる仕事ではないでしょうか。僕自身も、今後どんな時代が来るとしても、ダンデライオンのチョコレート作りのような本質的な仕事を通じて、皆さんの生活に小さな楽しみや幸せを届けていく存在でありたいと願っています。
―堀淵さん、ありがとうございました!
<プロフィール>
堀淵 清治(ほりぶち せいじ)氏
1952年徳島県生まれ。早稲田大学卒業後の1975年に渡米。放浪の時期を経て、1986年に日本のマンガをアメリカで出版するビズコミュニケーションを、2009年にはサンフランシスコから日本のポップカルチャーを発信するNEW PEOPLE, Incを設立する。その後2015年にサードウェーブコーヒーブームを牽引した「ブルーボトルコーヒー」の日本進出に尽力。ダンデライオン・チョコレート・ジャパンを設立し、代表に就任後、2016年に海外一号店を蔵前に出店した。
<お店情報>
ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前
〒111-0051東京都台東区蔵前4-14-6
電話03-5833-7270